第三スラブ(三スラ
2014年度山行報告 (C) 昭和山岳会(東京都山岳連盟)
メンバー米田 渉
日程:2015-03-14(土)から2015-03-15(日)

谷川岳 一ノ倉 滝沢第三スラブ (通称「三スラ」という。)の冬季登攀は、伝説のクライマー森田勝が冬季初登したルートです。森田さんの伝記は『狼は帰らず』佐瀬稔著 山と渓谷社 があります。強烈な個性がある方で、クライマーとしての実力もあるのに大きな記録がない方でもあります。
冬の三スラは、技術的には大したことはありませんが雪崩の危険と、一度取り付いたら戻れないリスク、そしてAルンゼの雪崩のリスクに囲まれているいつまでも「難しい」ルートです。それ故に、クライマーとして憧れのルートでもあり、一ノ倉烏帽子奥壁を登っていると反対側に見えるので、登っている人がいると尊敬の眼差しで眺めていました。山岳会の同期の人間が登っていて、羨ましいと思っていたわけです。
大した記録もなく平凡なクライマーを20歳から続けていて、26年目の2014年三スラをどうしても登りたいと思うようになって、かつ、単独で行けるなと思えるようになり、今シーズン(2015年冬)トライ始めました。まず先週日曜(2015-30-08)に行ってはみたものの取り付きでチリ雪崩がひどくて敗退。それから、天気予報と毎日にらめっこして、火曜に雪は降ったけど、気温低いし行けるのではないかとダメ元で行くことにしました。ダメだったときのスキー道具も持って。

2015年3月14日(土)
しかし、仕事多忙で帰宅したのが22時。すぐに出るか考えて1時まで仮眠してから出発することにしました。3時半にロープウェイ駐車場について、4時から歩きだして、1時間半で、一ノ倉出合着。一番乗りです。冷んやりとしているが雪は降っていない。これは行けるな、と本谷を詰めて行きます。先週より雪深く脛くらいの雪です。取り付きは先週よりも雪が付いていました。いつものように淡々と装備を身につけ7:30 go up。ギアはほぼフリーソロのつもりで、アックスはノミックにしてきました。30Lのザックに9mm×50mロープを入れ、肩からロープを出してソロイストにセットしています。最初のアイスのブロックはほぼ埋まっていたので、トラバース気味に壁に入りました。チリ雪崩がたまに来るが、大したことはなく、順調に登っていく。
F4に来てみたら、直登したいけど、凍ってなさそうで、アックスを振って試すと確かに岩を叩いてしまう。スラブの中央付近の方に雪が付いていて多少よさそげなので、トラバースして覗いてみるがスタンスにするあたりは雪もなく、スラブ壁が丸見えで、落ちたら確実に死ぬので躊躇して、すごく悩んだあげく自分なら行けるだろうと、ロープを出していくことにする。
F4に作ったビレイ点は下向きに生えた小指の半分くらいの木とアイスフック、気休めで打ったナイフブレード。中間のプロテクションが取れないので仕方なく短めのスノーバーを岩と雪面の間に刺してみるがスカスカである。改めて下を見てみる。落ちたら多分死んじゃうよなぁ。呼吸を整え、「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせる。ソロのときは、自身を制御していることが大事です。クライミングは足なので、スタンスをどう置くかは気を使う。狙いのラインは1、2手スタンスがなさそうで、もしアックスが外れたら落ちてしまう感じである。氷も付いていないスラブ面にアイゼンを押し付けて「大丈夫」つぶやいて、一手右アックスを振り、刺さると、イメージしている通りに右足を振り出し、左アックスを振り、左足を薄いがアイゼンが刺さる雪面に刺す。怖い怖い。その先も雪面は堅雪ではなく、多少誤魔化し気味に登りF6 のところでやっとスクリューが効かせられるビレイ点が作れたがどうも信用が置けないので、懸垂はしないでクライムダウンして、登り返す。降りていくと案の定スノーバーは取れていた。
F6 を左側から越していき、そのままルンゼ状を詰めていく。乗っ越しのところは、雪が安定しておらずぎりぎりまで足を上げておきつつ、アックスが安定しない嫌な感じで越えると、スラブ面に出る。ここからが急斜面の腰までのラッセルとなり、雪崩のことが気になり、怖いのだけど、登るしかないので、直登する。ラッセルもアックスで手前の雪をかき、膝で1度踏み、足を乗せる、そしてなるべく一点に加重させないように踏み出す。それを右左と繰り返す。なかなか進まない。トラバースをしないといけないのだけど、どこでしよう?雪崩を誘発しそうで怖い。「雪崩れたら100%死ぬなぁ」。ちょっと傾斜が緩まったところで、トラバースを開始する中間部の方が、若干雪が固いようだ。しかし、ここを直登する根性はないなぁ。向かって右側に渡り、そこから100m程雪壁を登るのだが、根雪がなく、とても面倒なラッセルになり、どんどん登りにくくなっている。10m程進むと下が抜けてシュルドが開いている。雪壁を詰めるのをあきらめ、右手の二スラとの中間リッジに上がりブッシュ登攀していこうと決める。そこで草付きに上がるのだが、ここも雪の下がスカスカで不安定この上ない。ブッシュをつかめれば比較的簡単に行けると思ったところが悪戦苦闘である。
時計を見ると16時、山スキーに来ていた会員と無線をした後で、みぞれ交じりの雪も降ってきて先も不明だしここでビバークを決める。ちょうど横になれるくらいの空間を作ったので、アックス二つをブッシュに刺し支点にして、ロープと30Lのパックを下に敷いてツェルトをかぶる。パタゴニアのナノパフを着てビバーク態勢を作る。本当に1日で抜ける気でいて、食料は行動食しか持ってきていないので中身を確認すると、板チョコ1枚、飴が10個に、カロリーメイトが2本、カーボショッツが1つ。朝三暮四だなと思いつつも、板チョコとカロリーメイトを夕飯にして、カーボショッツを朝ごはん、飴を行動食にしようと決める。気がつくと過呼吸になっていて焦る。そんなにメンタルに来ているか?と不安にもなったが、よく考えたらツェルトが濡れていたせいで酸欠になっていたようで、空気を入れたら大丈夫になった。夜は寒く、うつらうつらと夜を越す。しかし、精神的には追い込まれていないので、まあいつもの感じである。

2015年3月15日(日)
朝6時に行動開始。傾斜の緩い方を選んでいく。多分左側の草付きが正しそうなのだけど、今いる場所からトラバースするのはヤバそう。それより直登気味に左上してドームを目指した方がよいようだ。小リッジ状を左に回り込んでから上にいくのだけど、傾斜があり、ちょっとリスキーなので、ここもロープを出すことにする。上で、ブッシュで支点を取って降りて来られると踏んだからです。ソロのシステムだと一度登って上でビレイ点を作りロープを固定してから懸垂して戻り、下のビレイ点を回収してもう一度同じところを登るので、ビレイ点が作れるかが重要です。ここでは雪をかいていたら、一つハーケンがあってそれとブッシュでビレイ点としました。ブッシュは冬だとアックスがきれいに刺さるとかなりよいのですが、ここではブッシュぽいところに刺しても土と根ごとボロボロ取れてしまうこともあって気を使いました。15mほど伸ばすとちょっと太い指2本くらいのブッシュがあったのでピッチを切って、懸垂は怖かったので、またクライムダウンして回収してきます。見上げるとガスっていてドームの位置がどうもはっきりしない。しかし、トポ通りの雪壁が左にあるからたぶん本来のルートに合流できたのだろう。
左へトラバースして雪壁に出て上を見るときれいなラインが見える。右手に岩が見えるがドームではない、ドームはその左側にあるはずなので、ドームの右手を目指して登るコースなので合っているだろう。雪壁はアックスのブレードではスカスカだが、石突き側では半端な刺さりになる程度のイヤな感じである。下を見ると自分の足跡のラインと三スラのスラブ面が見える。ここで落ちても止まらないよなぁ。危ないところにいるよなぁと思うが、集中しているので身体はビビらず、登ることに専念できる。ルンゼ状の口が狭くなっている下が、ちょっと雪が柔らかくて、捌くのに気を使う。その上は60mくらいルンゼ状の雪壁を詰め上がっていく。あと5mで左に乗っ越せば、ドーム基部であろうというところで、雪壁や氷ではない岩が出てきてヤバそうなので、とても悩む。あとちょっとなのでノーロープで突っ込みたい気もするが、もし薄く乗っている雪の下が全てピックをかけたり、スタンスにできるところがないスラブだったら行き詰まってしまう。ソロで行き詰まるのは、死に直結するので、避けなければならない。奇跡は起きたりはしないので、素敵なホールドがあるという夢は見てはいけない。ビレイ点も簡単には作れそうもないし、そもそもトポに最後に岩登りがあるとは書いてないので、ルート間違えたか?隣のルンゼが正しいのか?トラバースは出来るのか?下を見て考えを巡らす。雪壁をクライムダウンして、傾斜が若干緩くなったところから隣のルンゼにいくか、途中のルンゼ間のリッジでブッシュのあるところを強引にトラバースするか?悩むが時間がかかってもリスクがよりない方を選び、クライムダウンすることにする。途中の雪面がぐずっていたところが気にはなるが仕方ない。クライムダウンを終えて左にトラバースして左隣のルンゼは、ルンゼではなくブッシュ帯であった。違う。。ここを雪壁とは言わないから、ルートは違うようだ。さてどうしよう。どうすればドームに抜けることができるのか。これは雪壁を戻り、なんとかビレイ点作って壁を登るのが一番だと判断して、再度雪壁を詰め上がる。ビレイ点はアイスフックを叩き込み、イボイノシシを半分くらい叩き込んでタイオフ、そして気休めのスノーバーの3点でつくる。
狭くなったルンゼの右側はポッカリとシュルドが開いている。薄いブッシュにアックスを刺して体を引き上げる。ピックで周りの雪を落としてピックのかかるところを探す。少し内壁登攀ぽくなり、左側の壁にピックが刺さる。スタンスの位置を確認して右足を上げた後左足をどこに置いて安定させるかを考えてから、体をもう一本引き上げる。更に雪を落とすと、おおっ、ハーケンがあった。「ラッキー、これで死なないわ」とつぶやいて、プロテクションを取り少し力任せに左の雪面に出る。目の前5m先にドーム基部がある。あれ、Aルンゼの下降点と、秋野さん・中田さんのリレーフがある。だいぶ右側を登って来たのだなと分かる。しかし、あと数メートルの雪面がグズグズで下に沈むばかりでなかなか前に進まない。ごまかしごまかしして、下降点をビレイ点とする。さてさて早く回収しなければ。今回は支点がしっかりしているので懸垂して、登り返す。ロープを回収して、雪崩が怖いAルンゼへの下降が16時。明るい内に稜線に出たいと思う。手袋が凍ってしまい、手がかじかんでしまっている。懸垂点にはフィックスされたロープが垂れている。下まで見えないけれど、大丈夫だろうとそれを使って懸垂する。少し短くてすっぽ抜けしないように雪面に降りる。なるほど傾斜はきつくていつでも雪崩てくれそうである。先の秋野・中田リレーフは20数年前にこのAルンゼで雪崩に飛ばされてしまったと思われるパーティのもので、リレーフをチラ見しかしなかったけれど、2人は23、24才で遭難している。
雪は深い。腰上のラッセルになる。ヤバいのかなぁ。表層雪崩の跡もある。しかしここを抜けるしかないので、なるべく直登気味にまた雪面の壁に近い方を進む。途中で二度ほど雪の下のシュルドを踏む。ポッカリと暗く穴が開いている。ここに落ちたら骨折するよなぁと思うが越さないといけないので、なるべく手を伸ばして全身で荷重を分散させながら乗り越す。30分ほど上がると左側の面が開いてくる。稜線もはっきりと見える。ここからトラバース気味に抜け口へと進む。あと少し、右のアックス、左のアックス、右足、左足と繰り返し繰り返して進んでいく。手袋がバリバリに凍ってしまい、よく掴めないのだけど、もう危険地帯ではないので気にせず雪面を登っていく、目の錯覚か東尾根との合流点には目視より早く着いた。やれやれあとちょっとで稜線。しかしトレースはない。18:10に稜線に上がる。稜線への乗っ越しは雪庇もなくとても簡単であった。
風が強い。手袋は外すと付けることができなさそうなので、とにかく早く西黒尾根の樹林帯に行きたいとすぐに歩き始める。この時間から降りると20:30には着けるから、コンビニ寄ってご飯を買ってなんとか明日の仕事には間に合うかなと考える。雲はなくトレースも高速道路のようにはっきりしているのでサクサクと下山をしていく。携帯が鳴るが樹林帯まで待ってくれと思う。19時過ぎに樹林帯に着いて、ほっとして装備を外し、水を飲んで、携帯を出したら電池切れであった。まぁ仕方ない。星も見えていて風も凪いだのでたらたらと下っていく。流石に疲れているのか、何度も転ぶ。足先が痛くなってきたので、斜面では尻セードというか滑って楽をしようとする。トレースを辿り登山センターに着く。だいたい予定通りの下山であった。それにしても通常1日で抜けきるルートを状態が悪く(翌週取り付いたパーティがF4 で下降したとか)、丸二日もかかってしまい、各所に心配をかけてしまったことは大変申し訳ないことでした。

それにしても、やりたいと思ったことはなるべくやっておいた方が、人生、後で振り返ると面白いだろうと思っているので、今回の山行はとても充実していて、山の中にいて楽しかったので、取り付いて良かったと思っています。


下部雪壁


F4にて


上部スラブにて