餓鬼岳西稜
2012年度山行報告 (C) 昭和山岳会(東京都山岳連盟)
メンバー:久留島隆史(35)、西野淑子(43)
日程:2013年3月14日〜17日

(3月14日)葛温泉12:00〜七倉12:30〜高瀬ダム下13:30〜高瀬ダム上14:10〜東沢出合15:00
(15日)東沢出合6:00〜一ノ沢出合6:40〜B尾根取付8:00〜1780m付近13:30〜C尾根合流点AC(2140m)16:20
(16日)AC5:30〜A尾根合流点(2217m)6:00〜2360mピーク7:00〜西餓鬼岳8:00〜登山道9:10〜餓鬼岳山頂9:40〜AC12:30
(17日)AC5:20〜2217m5:50〜一ノ沢F2上10:10〜F1下10:55〜一ノ沢出合12:00〜東沢出合13:10〜七倉16:00〜葛温泉16:45
                                報告・久留島隆史

積雪期の餓鬼岳には、夏道のある東面や縦走などにいくつかの記録が見られるが、西面に(少なくとも近年の)記録は見あたらない。不遇といわれる唐沢岳の各藪尾根(東・北・西)にしても2000年以降にそれぞれ数パーティー入山しているのに比べて、餓鬼岳西面に誰も人が入らないのは資料の有無が大きいと思われる。しかし、地図を一度眺めさえすれば、多くの人が餓鬼岳西稜の魅力に気づくだろう。
高瀬川の支流東沢、一ノ沢・二ノ沢の中間稜にあたる西稜は、取付きから餓鬼岳山頂まで水平距離およそ3km、距離で考えると冬の餓鬼岳への最短ルートとなる。2217m地点を境に尾根は様相をがらりと変える。2217m下部は水平距離1km、標高差700m。急峻な藪尾根である。2217m上部は水平距離2km、標高差400m、緩く適度にやせた雪稜となる。コンパクトにまとまった未知の稜に2人だけで挑んだ。

3月14日(曇り)
 車道を東沢出合(1280m)まで。七倉隧道はこの2年で5回ほど歩いたが、何故か来るたびに明かりがなくなり、ついに今回は明かりゼロ。ヘッデンなしでは歩けなかった。他のトンネルはどれも明るい。高瀬隧道を抜けた先で雪を踏み抜くようになったが、短い距離なのでつぼ足でいく。湯俣へ続くトレースがうっすらと残っていた。東沢の水が汲めるので、水作りは不要。

3月15日(快晴)
 湯俣へ続く道と別れ、東沢沿いの古い林道へ。林道は一ノ沢出合の堰堤まで続いている。東沢本流を20m程行くとスノーブリッジがかかっており、そこで対岸に渡り一ノ沢に入る。スノーブリッジに上がるところが小さな雪壁になっており、ワカンをアイゼンに履き替え、久留島はそこをダブルアックスで越えた。西野は少し手前をギリギリの距離の飛び石で足を濡らさずに越えた。ここの渡渉は足元程度濡らしても構わないのであれば、このようにしなくてもどこでも渡れる。
 西稜は2217m下部で3本の尾根に分かれる。北からA尾根、B尾根、C尾根と名づけたい。
一番顕著で傾斜も緩いのはA尾根だが、取付が絶壁になっており、取り付ける自信が薄い。この尾根は今回第2候補。
雪崩の危険性のある一ノ沢を通らずに取り付けるのがC尾根。しかし、この尾根はA~Cの中で一番傾斜がきつい。沢の状態によってはここを登ることも考えていた。
今回は、先週の異常な高温で雪はほとんど落ちきっており、雪崩の危険が薄いと考えられたので、とりあえず本命のB尾根にむかう。
一ノ沢は水量がそれほどなく、靴を濡らさないで対岸にわたれるポイントが何箇所かある。地図上では右岸が広そうに見えたので思い込みがあり右岸に渡るが意外と狭く、面倒なへつりがでてきた。帰りは、渡渉せずにずっと左岸を行ったが、その方が楽である。
堰堤を右から越えた先の、デブリに埋まったルンゼがB尾根の取付き(1530m)。ここで登攀準備をする。空身での偵察の結果、ルンゼを25m程登ったところの右側の雪壁から取付くことにした。 ルンゼの中のデブリの量は圧倒的で、逃げ場もないのですばやく通過する。太い潅木でビレイして登攀開始。未知の尾根にロープを伸ばす最初の瞬間は、いつもながらワクワクする。
1ピッチ目は出だし雪が薄く緊張する。2本のアックスの先を薄氷に引っ掛けて越える。足はきちんときまる。25mで急な雪壁から左の小尾根状に上がり、更にそこから木登りをまじえ雪壁を20m。50mロープいっぱいのところでピッチを切る。前半の雪壁は中間支点が全くとれないが、出だしの数手以外は雪がしっかりついており、今回はやさしかった。雪のつき方によっては、もっと難しくなることも逆に易しくなることもありえる。
更に2ピッチ、ブッシュ帯にロープをのばし、B尾根にのる(1620m)。ここから1680m付近までしゃくなげの猛烈な藪漕ぎ。体力を消耗するが、我々はこの2年この山域を登りこんできた経験から「1700mで藪薄い」というデータをえており、ここさえ辛抱すればと前向きに頑張れる。
藪漕ぎから開放されると、ロープは不要だが落ちるとどこまで転がるかわからない嫌な傾斜が続く。その上、人間の足くらいの太い木が平気でバンバン折れるので、気が抜けない。1780m付近にB尾根唯一の天場がある他は、1900mまで落ち着いて休むところもないくらいの急登。左に見える唐沢岳西尾根の雄姿だけが、唯一の眺めだ。1900mで傾斜はやや落ちるが、それなりの登りが続く上に今度は暖かくなって、やたらと雪を踏み抜く。C尾根との合流点の天場につくころには、ふくらはぎがパンパンに張ってしまった。
B尾根は取付から1900mまで全体的に急な斜面を登る感じで、明日のアタックのことよりも、下りの不安に頭を悩ます。

3月16日(快晴のち小雪)
 アタック装備で出発。A尾根合流点(2217m)までは風で雪が飛んでおり、土の露出した尾根の急登。2230m、傾斜が落ち、視界が開ける。最初は烏帽子岳や不動岳。少しあがると槍が姿を現し、笠、鹿島、剣……標高を上げるにつれ、雲ひとつない青空の中、次から次へと新しい山が顔をだす。 2230mから最初の小ピーク(2360m)まではテント適地が点在する。時々雪を踏み抜く他は、快適な雪尾根散歩。寝転んでお茶でも沸かしたくなる。
2450mから西餓鬼岳(2464m)の間、西稜上部唯一のナイフリッジがあるが、雪庇も小さく、問題なく通過する。核心というより、尾根上部のいいアクセントになっている。
富士山、南アルプス、八ヶ岳、浅間山などが顔を見せると、稜線は近い。誰の踏み跡もない餓鬼岳山頂。未知の西面バリエーションルートからたった二人で山頂に立てた喜びは大きい。北葛や七倉の未見ルートを登った時ももちろん喜びは大きかったが、あの時は何とか必死に這い上がり、そして急いで降りなければ行けなかった。今日は急ぐ必要が全くない。穏やかな風の吹く、眩しい日差しに包まれた暖かい山頂で、のんびりと360°の展望を楽しんだ。
12時すぎにはテントに戻り、余っている食料で昼ごはんを作り食べた後昼寝する。16時前に目を覚ますと、外は雲に覆われ、小雪がさらさらとテントに音をたてていた。寝る前は青空だったのに、山の天気が変わるのは早い。
明日の下山ルートをどうするかはすごく悩んだ。当初考えていたB尾根には行きに赤布を多少つけたが、尾根が複雑でルートファインディングの困難が予想された。また、急な部分が長く懸垂を何回も強いられそうなのも嫌である。
未知という不安は大きいが、尾根が顕著で全体的には傾斜が緩く、最後の100mだけ崖となっているA尾根を下降路に決定する。

3月17日(快晴)
   前日の雪は弱い気圧の谷の影響で、ほとんど積もることはなかった。暗いうちに2230mまで登り返し、烏帽子岳や不動岳が赤く染まっていくのを眺める。今日も雲一つない快晴だ。
A尾根は土がむき出しの部分が多くアイゼンを一度はずすが、ところどころ凍っていてすべるので結局付け直す。
2000m付近からやや尾根がやせて岩混じりのところもでてくるが、おおむね易しい。
 1930m付近、小さな支尾根が2本派生していてわかりづらい。3本のうち中央を行くが、すぐに尾根は消滅する。正解は上から見て一番右。この尾根で迷うのだから、B尾根を下っていたら相当苦労しただろう。
 1790m、尾根が左右に分かれる。左下には一ノ沢出合の堰堤が見える。下界は近い。そろそろ沢に下りるタイミングだろう。上から見て右の尾根に入る。(尾根末端に行くならここを左)。
 1740m、尾根がいよいよしゃくなげの急な崖に変わるのではないかと思われる頃、下に一ノ沢の水の流れが見えた。沢までは雪壁がつながっており、何とか歩いて降りられそうである。仮に途中難しければ、懸垂に適した木も5mおきくらいに生えているのでそこからロープをだせば問題ない。
 沢に下りると予想に反し、目の前がすぐに滝となっていた。落ち口を覗くとかなり大きそうである。滝つぼは見えない(1690m)。予定よりやや早く沢にでてしまったが、地図によるとこのゴルジュは短い。
 地図でわからない部分は、行き詰らない範囲で自分の足で行きつ戻りつして道をつくっていくしかない。もしこの滝が下れなければ、尾根に登り返してもう一度別のラインを探すのだ。ルートづくりは未知の尾根の醍醐味。心地いい緊張感がある。
空身で偵察。水流がでていてまっすぐ下るのは不可能である。雪を踏み抜いて沢に落ちないように慎重に対岸に渡り、やや細いバンドを右岸の尾根に回りこむ。急な尾根を後ろ向きに下っていき、崖の落ち口へ。懸垂の支点になる木がF2下までつながっているのが見える。ロープは50m1本しかないが、2回にわければ届きそうだ。その下も滝が見えるが、こちらは傾斜がなく、その更に下は間違えなく屈曲点(1600m)である。雪崩の危険も感じない。尾根には登り返さず、このまま沢を下ることに決定する。
上の滝の懸垂はロープを投げてみるとギリギリ下まで届くことがわかったので、25m1回ですます。続けて下の滝もロープを一応セットするが、最初の5mだけゴボウで降りたあと、ロープは不要になりしまう。
屈曲点(1600m)、沢が穏やかになる。気を緩めて歩いていたら至近距離(30mくらい)で熊に遭遇。最初熊の方がこちらに背中をむけていたのでその隙に距離をあけるが、後続に声をだして知らせたら、当然熊にもばれて睨まれる。こちらが後ずさりすると、やがて熊も行ってしまったので、熊と逆の左岸に渡る。これで終わりかと思ったら、熊が右岸の高みからずっとこちらを睨みつけており、それはお互いの姿が完全に見えなくなるまで続いた。一ノ沢出合堰堤で林道に乗り、すべての緊張から解放された。

ルートについて
アプローチ
葛温泉ゲートから3時間半で東沢出合、更に30分で一ノ沢出合。どちらの出合もテントが張れるし水もとれる。東沢本流の渡渉は問題ない。B尾根取付まではずっと左岸、A尾根に行くときはその先で右岸に一度だけ渡る。ここも靴を濡らさないですむだろう。時期やコンディションによるだろうが、地形的には一ノ沢出合まで雪崩の危険は少ないと思われる。
A尾根
下から見ると末端は崖になっており、今回我々が下降したラインが登りやすいと思われる。
家に帰り登山体系で調べると上の滝はF2(20mS字状)、下の滝がF1(30mS字状)とあった。
F1は右岸から簡単に巻ける。F2は我々が懸垂したライン(岩)の左側のルンゼ上が登れそうだ。ロープは雪質と力量次第。F2上(1690m)で右の雪壁から尾根にあがる(1740m)。尾根に上がってからは難しい所は全くない。藪漕ぎもゼロ。広いテント場は2230mまでないが、快適さを無視すれば手前にもいくつか泊まれるスペースはある。雪崩の危険性が薄い時を狙えば、A~Cの中で一番やさしい尾根だと思う。
B尾根
 左のルンゼを25m登り、右の雪壁に取付く。このルンゼに雪崩の危険性を感じた場合、尾根末端も登れると思う。その場合もう少し藪漕ぎが増えるだろう。とにかく、この周辺の1700m以下の尾根上は藪がうるさい。
雪壁1P目は雪質次第。しっかりついていれば簡単。1620m付近で尾根上にでる。尾根に上がって短い時間だが猛烈な藪漕ぎがある。1680m付近までの辛抱。1900mまでそれなりの急登。太い枯れ木が多く、注意する必要がある。尾根が複雑で、登りはいいが下りに使うのは難しそう。テント場は1780m付近。
C尾根
東沢本流をもう少し登ったところが取付。行っていないのでわからないが、利点は雪崩の危険が一番なさそうなこと、欠点は全体的に急なこと。
西稜上部
 下部が登れる人にとって技術的に問題となるところはない。2450m付近にナイフエッジがある。適度な広さのすっきりとした雪稜が楽しめる。眺めがよく、快適で楽しい。テント場多数。

なお、これらの尾根には、探した限り名前がないため、仮称させていただいた。A尾根〜西稜〜餓鬼岳というコースは、雪崩判断に気をつければ技術的にはやさしく、藪漕ぎなし、比較的短期間で餓鬼岳山頂にたてるすっきりとした眺めのよい尾根である。積雪期〜残雪期北アルプスの初〜中級バリエーションルートとして、積雪期餓鬼岳のスタンダードになりえるのではないかと思う。