七倉岳南尾根
2012年度山行報告 (C) 昭和山岳会(東京都山岳連盟)
メンバー:久留島隆史(35)、西野淑子(43)、植田雄亮(22)=昭和山岳会
日程:2012年12月24日〜28日

(24日)葛温泉7:00〜七倉7:45〜高瀬ダム下取付9:00着9:30発〜支尾根に乗る(1400m)11:35〜尾根に乗る(1540m)12:45〜C1(1600m)13:45
(25日)出発8:00〜P2(1716m)9:30〜懸垂点10:45〜2・3のコル11:00〜3・4のコル12:20〜4・5のコル14:10〜C2(1800m)15:00
(26日)出発7:30〜P5(1888m)8:05〜岩小屋8:30着9:00発〜P6(1910m)偵察9:45開始11:00終了〜1ピッチ目11:15開始13:15終了〜2ピッチ目終了懸垂点13:45〜6・7のコル14:45〜7・8のコル15:50〜C3(P8下)16:10
(27日)出発8:00〜9・10のコル8:30〜クーロワール上9:30〜急登終了(2010m)11:25〜C4(P10)14:30
(28日)出発6:40〜最終岩壁8:30〜JP(2450m)10:00〜七倉岳10:45〜JP11:15着11:45発〜天狗の庭12:05〜鼻付八丁下(1910m)13:35〜七倉16:25着16:45発〜葛温泉17:30

報告・久留島隆史

計画
 地形図上に現れる顕著なピークだけで7個、ヤセ尾根が続き、記録は未見。十分な魅力に、冬の計画は即決。昨年度北葛の支尾根を登った際苦労した経験から、今回は事前に2回にわたる偵察を行った。偵察して実際に尾根を眺め、前穂北尾根に似たアップダウンの激しい鋭い山稜にますます心を奪われた。実働5日に予備2日を加えた十分な日程で、未知の尾根に臨む。

12月24日(晴)
車道が高瀬ダムの登りに入る、1つ目のカーブのところの朽ちた階段から取り付く(1150m)。深い藪を避けて右にトラバース。雪は足元程度、藪のほとんどない斜面を2時間で、はっきりとした支尾根にのる(1400m)。この支尾根は傾斜が適度だが、藪が少しうるさい。1540mで尾根に乗ると藪がなくなるが、代わりに雪が深くなりたまに膝上まで潜る。ワカンをつけようと思う頃、1600mの台地に出てテントを張る。ここには、テントが張れるスペースがいくつかある。今日はクリスマスイブ。持ってきたケーキで入山祝いをする。

12月25日(晴のち雪)
 「一冬に一度あるかないかの寒さ」とラジオが伝えている。テントでガスをつけていても温まらない。凍傷に備え少しでも暖かくなってからと、出発を遅めにする。
アイゼンとワカンの併用でスタートする。最初はだらだらとした登りで有用だったが、1650mから岩混じりの急登となり、ワカンをはずしアイゼンのみになる。最初の小ピークとなるP2(1716m)をこえ、1700m付近の岩場を10m懸垂で下りコルへ。地図を見てこのあたりはただのやせ尾根だろうと高をくくっていたが、ここから地図上にはない2つの岩峰が現れ、我々の甘い考えに軽いジョブをいれてくる。
 P3(1680m)、登るならロープをつけての岩登り、左右のバンドが巻けるようにも見える。久留島、植田で左右に別れ空身で偵察。左はロープが必要、右から岩伝いに難なく巻けるということがわかるが、右から巻いたとたんに30mの垂壁を備えたP4が現れ、これは楽しくなってきたと興奮する。
 P4(1680m)、左は20mのスラブ、右は30mの垂壁を備えている。正面を10mあがったところの木でビレイ。久留島リードで更に5m、雪壁をてっぺんに抜ける。ピークの上は岩に雪がたっぷり乗ったナイフリッジで、幅が狭く左右は絶望的に切れ落ちている。足元を確かめながら恐る恐る少しだけ進むが、5m先から正面も切れ落ちていることがわかる。懸垂しようにも支点となる木は見えない。掘り起こし?何もないかも知れないのに?戻って左を巻く?左を覗くが巻けそうには見えない。右は傾斜が更にあって覗きこむこともできない。ここで敗退になるかも知れないが、これ以上ランナウトするのは危険と思い一度引き返す。未知のルートの難しさと面白さを十分に感じる。正面か右か左か、答えはどこにも書いていないのだ。それどころか、答えはどこにもないかも知れない。緊張感が高まる。
 コルに戻り冷静に左を見てみると、行けそうに見えてくる。ノーロープ、空身で偵察に行く。途中までは降りられるがやはりつながっていない。ロープを出せばぎりぎりいけるだろうか。  最後に右を偵察に行く。下の方まで岩がのびているのがP3の巻きから見えたので、ずいぶん降りなければならず一番行きたくないと思ったルートだ。木の根っこでできた天然の橋がかかるコルから、岩に沿って20m下り、細いバンド伝いに岩を回り込む。その先もブッシュを頼りに下りを交えながら巻くと、4・5のコルへと続く緩い雪面に出ることができた。最終的にはノーロープで問題なく通過できたが、我々のルートファインディング能力の低さからダウン寸前にまで追い詰められてしまった。
 急登を越え、右から大きな尾根をあわせたところで尾根は広くなり、テントを張る(1800m)。今日の行程は岩場が多く、結局ワカンをはいたのは最初の1ピッチだけだった。

12月26日(曇りのち晴)
 今日もアイゼンとワカンの併用でスタートする。昨晩、ずいぶん雪が降ったようで、昨日より大分もぐる。P5(1888m)は地図上でも一番目立つピーク。このあたりはいくらでもテントが張れる。また、ここから東にのびる尾根はエスケープルートに使えるだろう。下りの中ほどに小さな岩小屋があり、そこで風をよけて休憩する。
 P6(1910m)。11月の偵察で、ここから6・7のコルへの下りはルート中最大の核心と見たところだ。P6最上部にはP10から見ても目立つようなハングした大岩があり、それを何とか巻いて途中から懸垂する、しかも退路を絶たれないように登り返しの道を確保しつつ下ること、それができるかが今回の山行の成否をわけるだろう。
 40m岩尾根を登った所で岩壁となり、空身での偵察を開始する。岩壁に沿って右下に40m下降。バンドにふわふわと乗った雪を崩さないように一歩ずつ踏み固めていく。踏み外したらどこまでも落ちていきそうで、トップは神経を使う。バンドはやがて雪のガリーにぶつかり終了する。そこからは尾根に登り返すしかないが、ロープが必要だ。尾根に登り返したところで、そこから先進める保障はないが、他に行けそうなところもない。とりあえずザックに一度戻り、ロープをつけてここを登ることにする。
 1ピッチ目。ワカンをはずし、久留島リードで取り付く。最初荷物を持っていこうとするが、傾斜がきつく空身になり出直す。左の雪の多いブッシュ帯か、右のガリーがルートとなりそうだが、ガリーの雪はあまりに薄く岩に張り付いているだけでアックスもきかなそうなので早々に左のブッシュに逃げる。折れそうな木に中間支点をとり片手のアックスにぶらさがり、目の前の雪の塊をもう片方のアックスで落としていく。傾斜はほぼ垂直。一歩あがりしっかりした木に支点をとりなおしほっとする。5mもあがっていないのにすでにパンプ。テンションをかけて休む。傾斜は少し落ちるが、その後も片手にぶら下がりながらもう片方のアックスで大量の雪を落とし一歩ずつ崩れない足場を作りながら進む作業は続き、安定した木があるたびにテンションをかけて休む。トップが20mあがるのに1時間をついやす。荷揚げを行い、セカンド以降は荷物を背負って登る(引き上げる)。あと1ピッチで尾根に戻れるが、その尾根はまだまだ岩っぽく雪煙がまっていて、その先には絶望的な崖が待っているようにも思われる。行って駄目だったら全員で2時間かけたこのピッチを懸垂で戻らなければならないな、そのときはみんな精神的に辛いだろうなと思う。それでもそうやって行きつ戻りつするのが、こういうルートの楽しみだ。
 2ピッチ目、植田リード。雪の斜面を30m右上、尾根に戻る。
3ピッチ目、久留島リード。ナイフリッジの下りをロワーダウンぎみにおろしてもらいながらルートを観察する。先は見えない。どうなっちゃうんだ?最高にワクワクする。ロープに頼りながら一歩ずつ進むと、足元が急になくなり岩場を一段ずり落ちる。
下にコルが見えた。そこにまっすぐ降りるのは急傾斜の崖だが、右(神ノ沢側)はわりと傾斜の緩い雪壁が続いている。進行方向を右に変えロワーダウンで20m降ろしてもらい、途中で解除してから雪壁を5mトラバースしてコルにたった。核心が終わり、ほっと一息。
後続は懸垂に切り替えてもらい、その間に久留島はP7の偵察に行く。なお、ロープの流れの関係から、ここにシュリンゲとカラビナを1つずつ残置した。
 P7(1910m)、ピーク上は岩尾根なので、ピークの少し手前の木から神ノ沢側に15m懸垂。緩い斜面を右上して7・8のコルに出た。ここでやっとロープをしまう。
 P8(1910m)の神ノ沢側斜面は傾斜が緩く風も来ないのでそこにテントを張る。P7とP8は地図上では1つのピークに見える。久留島はP8の巻き道を偵察に行く。風は強く寒いが天気はすっかり回復し、JPまでよく見える。北信の山の上には満月があがっている。

 12月27日(快晴)
 冬型が緩み、移動性高気圧に覆われる。前日凍傷にはかなり気を使ったが、久留島、西野は足に痺れがあり、この日も念のため前日までの手袋、靴下はできるだけ乾かした上で、全員予備の手袋でスタートした。この日の最初から下山まで、アイゼンとワカンの併用で通す。
P8は神ノ沢側を大きくトラバースし、尾根に戻る。P9(1900m)も、神ノ沢側を小さく巻いた後、コルへの下りの最後の岩場を右から巻いて降りる。晴れてサングラスが必要になる。このあたりまで、テント場は無数。
P10(2170m)への登りだしは、尾根右のクーロワールから。初めて槍が見える。槍、穂高を背中に背負って登って行けるのが、この尾根の最大の魅力だ。100m続くクーロワールは大部分クラストしており、とても快適。昨日までの緊張感から開放されて、鼻歌交じりに登る。
クーロワールが終わりやや急な尾根を登っていくと、再び尾根は岩壁に吸い込まれる。岩場を一段登った後、今度は左から巻いていく。巻き切ったところで傾斜が緩み、上部が見渡せる(2010m)。ここまでくると、P10上部のピナクル帯の岩が一つ一つ最終岩壁まで把握できる。
すっかり暖かくなり雪が緩んだためか、ワカンをしていても時々胸まで潜り消耗が激しい。空身ラッセルでトレースを伸ばす。途中に2つやや大きな岩壁があり、どちらも右から巻く。唐沢岳、燕、大天井、槍、穂高、烏帽子、不動、針の木という名峰をバックに、誰もいない雪稜を行く。すっかり暖かくなり、空には雲一つなく、贅沢な山登りを心の底から楽しむ。
突然、傾斜が緩み赤布を発見する。11月に船窪小屋からP10まで偵察した際に自分でつけておいた赤布だ。ここまできたとは。熱い感動に包まれる。P10(2170m)着。第1ピナクルの根元に4・5人天をたてる。森林限界より上だが、岩陰で風の避けられる素晴らしいテント場だ。

12月28日(晴のち雪)
 上空には雲が広がり、風もなく、生暖かい。嵐の前の静けさか。天気予報は午後から悪化を告げているので、明るくなると同時に出発する。
第2ピナクルは右から難なく巻き、展望のよい第3ピナクルの上で日の出を迎える。最終岩壁まで難しくはないが高度感のある決して落ちられない雪稜が続く。相変わらず、槍をはじめとする眺めは素晴らしい。
 最終岩壁(2270m)。P10や、夏道の天狗の庭から見ると1つの岩だが、実際には上下二段になっており、その二段はやや離れている。下段は木を利用しての岩登り5mの後、バンドを左トラバース、浮石の多い斜面を直上。上段は左から容易に巻ける。これで核心部はすべて終わり。雷鳥が3羽、出迎えてくれる。
 JP(2450m)着。槍にガスがかかりだすが何とか天気は持ってくれている。空身で七倉岳山頂を往復。昼前に下山にかかる。天狗の庭で、北葛尾根支尾根(3月)、不動尾根(5月)、七倉南尾根(今回)、今年登れた3本の尾根に別れを告げる。一年間で周辺の尾根を3本も登れるなんて、とても充実した一年だった。
 鼻付八丁の夏道は崖に木の梯子が無理やりつけられていて、今はそれが埋まっているので一般道とは思えないほど悪い。後ろ向きで時間をかけて降りる。このあたりで天候が急変。大雪になる。気温が高く体中が濡れていく。ラッセルは深く、平坦なところほど消耗する。唐沢のぞきの先から、雪に埋もれた斜面を適当に下る。七倉からの車道で夜になり、最後はふらふらしながら葛温泉についた。

  ルートについて
高瀬ダムから七倉岳まで、大小10個あまりのピークを連ねながら一直線にあがる顕著な尾根である。この直線をまっすぐ南に延長させると高瀬ダム、北鎌を経て槍ヶ岳にぶつかる。したがって、障害物が全くないのでほとんどの場所で槍ヶ岳が見える(今回は下部で天気が悪かったので見えなかったが、晴れたら見えると想像される)。眺めのよさはこの尾根の最大の魅力である。尾根は全体を通して痩せていて飽きることはない。アプローチは2時間、車でも電車でも便利(大町からタクシー6000円弱)、下山後の温泉もよいことなどもこの尾根の魅力となっている。この尾根には探した限り名前がないため、名前は我々がつけた。今回は記録がないためルートファインディングに多くの時間を費やしたが、ルート図を見ながら行けば大幅に時間を短縮できると思う。藪は多少気になるところはあるが、そこまでひどくはない。技術的には北鎌と同レベルと思われるが、標高が低い分天候の影響を受けにくいので取りつきやすい。泊まったすべての場所で携帯(Docomo)の電波が入り、下界との連絡や天気の確認に役立った。支点となる木は豊富だ。懸垂したところも登り返すことは可能で、どこからでも敗退は可能だ。船窪小屋は4〜5人程度なら泊まれる。なお、今回、1550mの尾根上に敗退に備え赤布1つ、P6の懸垂点にカラビナ、シュリンゲ、11月の偵察の際P10(2170m)〜2350mに赤布複数を残置した。上部の赤布は雪のない時期につけたもので、雪があると若干ルート取りが変わる。