北葛尾根1965m峰南尾根(仮称)
2011年度山行報告 (C) 昭和山岳会(東京都山岳連盟)
メンバー:久留島、植田、西野
日程:2012年3月16〜2日
北アルプス・七倉〜北葛尾根〜北葛岳〜蓮華岳〜丸石尾根上部〜大沢〜扇沢
2012年3月16日〜20日
久留島隆史(34)、植田雄亮(22)、西野淑子(42)=昭和山岳会

(16日)葛温泉5:30〜七倉6:10〜1150m北葛尾根取付6:50〜1400m8:50〜 1708mピーク12:00〜1700m台地13:30
(17日)幕営地5:20〜1760mピーク6:30〜大白沢源頭8:00〜1860mピーク9:45〜 大ギャップ上12:20〜大ギャップ下13:40〜1950m付近16:40
(18日)幕営地6:10〜1965mJP6:30〜2178m台地8:30〜2370m付近10:30〜北葛岳12:15〜2360m樹林帯の台地13:30
(19日)幕営地6:40〜北葛乗越(最低鞍部)7:20〜蓮華岳12:00〜丸石尾根下降点12:20〜大沢下降開始13:10〜大沢小屋15:00〜扇沢16:30
(20日)幕営地8:30〜ゲート10:00

 記録を見ない未知の尾根を登ろうと昨年末に初挑戦。1760mピーク手前で敗退したが、地図上からは想像できない険しさに、登攀具を増やして3月に再挑戦した。メンバーは12月より1人減り3人。僕以外は最近登りまくっている2年生会員2名でやる気十分。未熟なメンバー構成ながら気合とチームワークで、おそらく未踏のラインから稜線に抜けた。

3月16日(金)晴
途中で船窪登山道を左に分け、尾根末端で渡渉。石伝いにいけるので、全く濡れない。ここで水を汲んでいく。はじめから息の切れる急登が続く。ラッセルは膝くらい。12月に苦戦した藪もほとんど埋まって、たまに気になる程度。予定より早く1708mピークを越え、12月敗退地点手前にテントを張る。
その後、久留島、植田の2名で偵察。12月に懸垂した所は、大きく左に下りてから巻くことでロープは不要と判明。1760mピークの登りは両側のすっぱり切れ落ちたナイフリッジから。足幅ほどしかない岩稜に雪がたっぷり乗っていて、トップは絶叫しながら渡る。その上は12月のとき雪がふかふかで悪そうに見えたが、今回は難なく岩の右の草付を登る。このピッチ全体にロープをFixして下降。第1岩壁が大きく行く手を塞いでいて、登れるのかとても不安。テントに戻り、酒で気持ちを落ち着ける。

3月17日(土)雪のち雨
 暗いうちに出発。Fix下で明るくなる。1760mピークからの下りはやせ尾根。藪でロープの流れが悪くなるので、2ピッチに分ける。ここで一旦ロープをしまう。
大白沢源頭から大きく左に回りこみ凹角状になったところを木をつかんで登り、そのまま樹林帯の急登。1830mで尾根にあがると正面にまたしても巨大な岩壁が現れる。凄まじい光景に息を飲む。
1860mピーク先に小さなギャップ。10m弱の懸垂。登り返しは出だしに軽い岩登り。途中からリッジを左に回りこみ樹林帯に逃げる。西野テンション。八ヶ岳などで経験はつんでいるが、岩が雪に隠れている登攀に不慣れなようだ。1900m手前で左から来る支尾根に乗る。
 1900m、尾根がすごい角度で右の沢に吸い込まれている。目の前は最後の岩壁を鎧の様にまとった1965mジャンクションピーク。尾根から下を覗き込むとコルが見える。懸垂しかないが何mあるか上から見てもわからない。この絶景、この緊張、自分たちでルートを切り開く醍醐味だ。不安と興奮が自分の中で同居している。
木に直接ロープをかけ、久留島トップで下降開始。上から見て左側のなるべく傾斜の緩いラインを下降。20m弱で無事にコルにおりる。ロープを下から引いてみるが、濡れていることもあってびくともしない。スリンゲとカラビナを残置してセットしなおすよう上の2人に指示。後続は木から真下に降りて空中懸垂になる。2年生会員2人とも重い荷物を背負っての懸垂が初めてのため、バックアップの取り方などに大幅の時間を割く。天気も今までの雪が、いつの間にか冷たい雨に変わり、体の芯から冷える。厳しく、辛いが核心突破はもう目の前と自分を奮い立たせる。
 久留島リードで大ギャップからの登り開始。下の方に潅木で1本支点を取った後、上に抜けるまで中間支点はない。出だしの足が細かく、今回のルートの技術的核心。アックスを2本決めて右足にそっとだまし気味に乗り込み、左足を安定した場所に乗せる。ビレイ点手前の1手も技術的にはやさしいが足が滑りそうで、リードだとここが怖い。2,3回躊躇したあと、自分の右足を信じてようやく通過。
ここは、セカンドも苦労する。植田1テンション、西野何回かテンションのすえ右に振られそちらのラインからどうにかあがる。結局この15mに1時間以上かかる。でも、何とか全員上がれてよかった。更に1ピッチ、植田リードでバンドを左上15m。西野1テンション。
いよいよ、てっぺんが近づいてきたのが全員にわかる。10m程上に平らな台地が見える。ところが、目の前は絶望的な前傾壁。岩に沿って左斜面を大きくクライムダウンするしかない。近づいたてっぺんが、また遠ざかる不安感。
岩を回り込み一段上がったところでようやくみんなに笑顔。誰が見てもロープ不要な斜面がてっぺんに向かってただ続いている。1950m付近の台地でずぶ濡れのままテントに潜りこむ。全員疲労困憊。1人1人の技術はこの尾根に対し未熟と思われたが、みんなが持っている力を出し合って険しい道のりを越えることができた。具沢山のカレーをしっかり食べて、元気を取り戻す。今日一日ハードに登りきった充実感と、明日はどんな道だろうという期待と不安に包まれ、早めに眠りに落ちる。

3月18日(日)晴のち雪
 昨日とはうって変わり、傾斜の落ちた尾根をひたすらみんなでラッセル。2178m、北葛岳山頂まですべて見渡せ、ここにきてようやく自分たちがすべての核心を抜けたことを知る。あとは、稜線を駆け抜けるだけだ。
2370m〜2440mは尾根が斜面に吸い込まれ、雪質によっては雪崩そうな地形。このあたりでホワイトアウト。2450m〜2480mはやや尾根が狭い。雪庇は大きく右側に出ている。北葛岳山頂は道標が雪に埋まっているのか見当たらない。見捨てられてきた尾根に相応しく、何もない素朴な山頂。でも、おそらく僕らにとって忘れられない山頂になるだろう。
蓮華への降り口はわかりづらく、慎重にコンパスをあわせる。2360m付近の樹林帯にテントを張る。西野、体調不良。ほとんど食べ物をうけつけない。

3月19日(月)晴
 朝起きるとテントが半分埋まっていたので、まず除雪する。出発のころ雪はやみ、晴れてくるが風が強く寒い。北葛乗越から鎖場が続く。西野、左ふくらはぎに痛みありということで休ませ荷物を軽くする。そのとき、手の指先が変色しているのを発見。手袋が濡れているため、その場で久留島の予備手袋、オーバーミトンと付け替えさせる。久留島のパワージェル、飴など液体系の行動食を渡す。蓮華を越えなければ下山できないので、ペースは上がらないが何とか頑張ってもらう。蓮華山頂からは、槍、剣、白馬などほとんどの山が一望できるが、油断すると体が持っていかれるような強風。写真を数枚とって即下山開始。丸石尾根を途中までおり、2500m少し下、尾根が急になるところから、左の大沢に入る。雪は安定していてとても下り安いが、念のため離れて歩く。針の木谷出合付近はデブリがたくさん。扇沢の建物は閉まっているが、屋根は使える。
凍傷のこともあり、この日に降りることも考えられたが、体力的にここまでが精一杯。テントで、西野、足の指も黒いことが判明。更に、サングラスをしなかったため雪目で目も痛いとのこと。満身創痍。

3月20日(日)晴
 明るくなってから起きる。よく寝たおかげでみんなの体力は回復。工事関係の車がたくさん通る道をゲートまで下山。会の緊急連絡所の指示で、松本の相沢病院へ直行。診察の結果、1〜2度の凍傷。

凍傷の原因について

凍傷の原因は過度の疲労、濡れ、強風の3点だと思う。
疲労については、3日目午前中は自分からラッセルしたいというほど元気で、テントについてから異変に気づいたので、気づいた時にはもう引き返せなかった。2日目に落ちるシーンが多くそこでの疲労の蓄積が原因の1つと思われる。疲れていて固形物が一切はいらなくても、パワージェル、飴は食べられたので、そのようなものは全員持っていったほうが良いと思う。また、疲労で食べられないときでも胃腸薬を飲めば、少し食べられるらしい。
濡れについては、2日目の雨で濡れた手袋をテントで乾かし使っていたが、久留島の予備手袋が1つ余っていた(久留島は今回手袋3つ、オーバーミトン2つ持参)ので、4日目の最初からそれを貸していれば凍傷は防げたと思う。靴下については予備があるにも係わらず、靴が湿っているから靴下を変えても意味がないだろうという判断が致命的だった。(久留島は朝靴下を取り替えて出発、植田は最初からあまり靴下を濡らしていない)。
いずれにしても、疲労や濡れに対する対応は、真剣に考えなければならない。
今回、天候は2日目の雨以外は恵まれていた。パーティーとして日ごろからの体力面、技術面のアップ、周りが本人の体調不良を考慮し早めにサポートすることなどで防げた事故だと思う。事故後の対応については、早めに手袋を換えたこと、すぐ病院に行ったことで被害を最小限に防げたと思う。
 
北葛尾根1965m峰南尾根について

 葛温泉〜鳩峰〜1965mJP〜北葛岳というルートに昭和42年伊那松本山岳部の記録がある。この時の概念図に、僕らが登った尾根は無名尾根と記されている。また、北葛尾根上部を主稜線からの下降に使っている人はたまにいるようだが、僕たちの登ったルートに記録は見つけられなかった。懸垂下降以外考えられない場所が2箇所あり、そこも含め尾根上に残置物は一切なかったので、初登またはそれに近いもの(近年は全く登られていない)と考えられる。
 アプローチが近く、2日目には核心(1700m〜1950m)に入れるので取り付きやすい。アプローチは雪が少ないと藪に苦しむ。核心部の尾根右側はずっと岩壁帯なので、尾根上または尾根の左側を歩くことになる。大ギャップからの1ピッチが最大の核心だがV+〜W−程度。僕らは岩登りが下手なので時間がかかったが、慣れていれば全く問題を感じないだろう。核心部にいいテントサイトはなく、一気に登りきるしかない。大ギャップを下降すると敗退は困難(可能ではある)。1965mから先、山頂まではのんびりした尾根歩き。晴れていれば槍、穂高が綺麗。山頂からは、蓮華か船窪に縦走するのが一般的だろう。
うちの会の2年生会員が2人そろって今までで1番難しかったといっているので、北アルプスの入門的なバリエーションルート(白馬主稜や鹿島槍東尾根など)より総合的なグレードは高いと思われる。

記録・久留島隆史