キリマンジャロ山
2008年度山行報告 (C) 昭和山岳会(東京都山岳連盟)
期間:2008年12月28日〜2009年1月1日
メンバー:下田

【日 程】
25〜26日 羽田空港 → 関西国際空港 → ドーハ空港 → ナイロビ・ジョモ・ケニヤッタ空港
27日 ナイロビ → ナマンガ(国境) → アルーシャ → マラング
28日 マラング(11:00) → マンダラハット(14:50)
29日 マンダラハット(8:10) → ホロンボハット(14:20)
30日 ホロンボハット(8:05) → キボハット(15:00)
31日 キボハット(23:30) → ギルマンズポイント(5:50) → ウルフピーク(7:30) → キボハット(9:50)(11:00) → ホロンボハット(14:30)
1日 ホロンボハット(6:20) → マラング(11:45) → アルーシャ
2〜3日 アルーシャ → ナマンガ → ナイロビ・ジョモ・ケニヤッタ空港 → ドーハ空港 → 関西国際空港 → 羽田空港

【出発までの経緯】
9月にNHKの「地球エコ大紀行」を見て衝動的にキリマンジャロに行きたくなった。いろいろと調べてみると、強行日程ではあるが10日間でいけるようである。
 今年の年末年始は通常でも9連休のため1日休みをとれば可能である。ということで思い切って行くことにした。
 キリマンジャロは東アフリカタンザニアのキリマンジャロ国立公園内にあるアフリカ大陸最高峰の山である。標高は5895mであるが、赤道直下にあるため標高4000m近くまで樹林帯があり、頂上付近も若干氷河があるが技術的には何ら問題なく登頂できる(近年は温暖化により氷河が年々減ってきており、あと数年後には氷河は消滅すると言われているが。)。
ただし、10日間(登山自体は5日間)の日程で行くとなると、4700mから5800mを1日で往復しなければならず、ほぼ100%の人が高山病になるとのこと。
 今回私は、高山病に備えて高山病の予防薬と言われているダイアモックス(別名アセトゼラミド)を病院で処方してもらい登山に臨むことにした。

【登山口まで】
(12月25日〜26日)
今日は仕事を午前中で切り上げ、羽田空港へ出発。羽田空港からはANAとカタール航空の共同就航便で関西国際空港へ。関西国際空港からは23:55発のドーハ行きの便に乗る予定であったが、飛行機の電気系統のトラブルで2時間待たされた。さらにドーハでも3時間出発が遅れて、予定より5時間遅れでナイロビ・ジョモ・ケニヤッタ空港に到着した。
 空港を下りるとそこはアフリカ。当たり前だが周りの人たちも皆黒人でちょっとビビる。
 空港からは日本から手配していた旅行会社の方が待っていた。空港からナイロビ市内のホテルまでは20分くらい。途中スーパーマーケットに寄ってくれてここで水を購入。基本的に米ドルが使えるが、おつりはケニヤシリングになることからカードを使う。しかし、店のカードの読み取り機械の調子が悪いのか自分のカードが悪いのか分からないが、なかなか精算ができず、しまいには別のカウンターに案内されてパスポートを見せろと言われた。パスポートを見せたら無事購入できた。
 ナイロビ市内は、近代的なホテルや高層ビルが建っていて、想像していたアフリカはとかなりギャップを感じる。実際に泊まったホテルもセキュリティーが充実しており日本のホテルと変わらないくらいの設備であった。
 ホテルでは、豪華な夕食を食べて翌々日からの登山に備えた。

(12月27日)
 今日はマラングまでひたすら移動。ナイロビからは約400kmほどで乗り合いバスで移動する。
朝7時半にホテル前から乗り合いバスに乗り込み、途中いくつかのホテルに寄って客を乗せて国境のナマンガを目指す。
 ケニアからタンザニアの道(ナマンガ経由)はまだ未完成の道であり、途中何度も未舗装の道を砂ぼこりをあげながら走ることとなる。未舗装の道に入ってもスピードを緩めないためすさまじい震動と砂埃に耐えなければならない。しかもなぜか未舗装の道に入るたびに運転手が「オープン・ザ・ドア」と叫ぶので窓を開けるが、当然砂埃が入ってきて、みんな顔が砂埃まみれになっていた。車内の換気をよくするためなのかどうかわからないが、窓を閉めてた方がよかったのではと思った。
ただそのうち慣れてきて、こんな車内でも眠れるようになった。
途中舗装されていない道路で、凹みにはまってしまい乗客が全員降ろされて車を脱出させたりするなどのハプニングもあったが、ナイロビから3時間ほどでナマンガ国境に到着。ナマンガ国境ではケニアの出国とタンザニアの入国手続をする。
ケニアの出国は2〜3分ほどで終わったが、タンザニアの入国手続では行列ができており1時間もかかってしまった。
無事入国審査を終えて出発。ナマンガ国境からは約2時間ほどでアルーシャに到着。アルーシャではホテルに寄って昼食を食べる。ここではチキンステーキを食べた。昨日の夕食、今朝の朝食(バイキング)といい、なかなか豪勢な料理ばかりだ。
昼食後、ホテルからは約2時間ほどでマラングゲート近くのホテルに到着した。到着した頃にはすでに日が暮れていた。
チェックインのあと、明日からのチーフガイドが紹介された。我々のグループのチーフガイドはジェームスという名で年齢は48歳とのこと。他にサブガイドが2人、コックが2人、ポーターが14人の計19人がつくことになっていて、明日ゲートで紹介するということであった。

(12月28日)
今日からいよいよ登山。
9時くらいに運転手がやってきてマラングゲートに移動。ホテルから10分ほど坂を登ったところだった。
ゲートにはたくさん人がいるのかと思ったらそうでもなく、われわれの他に2パーティーくらいしかいなくて意外と閑散としていた。
 マラングゲートでは名前、住所、パスポート番号などを記入して出発。
出発前にポーターやガイドの紹介があるのかと思ったらいきなり歩き始めてしまった。どうやらポーターはポーター専用の別ルートがあるようでそちらの道で先回りしているということである。ということで、ガイドのジェームスのみであった。荷物はすでにポーターが運んでいるとのこと。
最初は鬱蒼としたジャングルの中を進む。道もきれいに整備されているし緩やかな登りで、とても歩きやすい。途中沢なども出てきてちょっと屋久島っぽい感じだ。気温も高く半袖で十分である。
歩き始めて2時間くらいのところでお昼休憩。ここはポーターたち専用の道と合流するところで、ベンチやトイレがあり絶好の休憩場所であった。
ポーター専用の道というのはトラックが通れるような広い道であったが、ポーターしか登ってはいけないようで、看板に「ポーターonly」と書いてあった。
お昼は事前にガイドから配布されたものを食べる。中身は食パンにジャムを塗ったもの、ゆで卵、チキン、オレンジ、ニンジンスティック、パンケーキである。以後毎日同じものであった。
休憩後約1時間ほどでマンダラハットに到着した。

 マンダラハットは標高2720mのところに位置する小屋でまだ樹林帯の中にある。小屋の周辺では終始動物の鳴き声がしており、あらためてここはアフリカなんだなぁと実感する。
 小屋の前にも珍しい猿(アビシニアコロブスという猿)が何匹かいて楽しませてくれた。
夕食まで少し時間があるので近くにあるというクレーターまで散歩をすることになった。クレーターに行く途中にカメレオンがいて、写真を撮ったり実際に触ったりした。
 クレーターは草がたくさん生えていて説明がないとクレーターとはわからない。周囲が700mくらいあるので一周して小屋に戻ることになった。途中下界がきれいに見えるスポットがあった。
小屋に戻ると夕食の準備ができていた。今日の夕食はスパゲッティとじゃがいも。スパゲッティにかけるソースは野菜がたっぷり入っていてとてもおいしかった。量も7人前とは思えないほどこんもりと皿に盛り付けられており、皆満腹になったようだ。まさか小屋でこんなに豪勢な食事が出てくるとは思わなかった。


スタート地点


マンダラハット


アビシニアコロブス

(12月29日)
 登山二日目はホロンボハットまで約1000m上がる。
朝起きると意外と寒い。昼間は30度近くまで気温が上がるが、朝は10度近くまで冷え込み、気温の差が激しい。
 朝食を食べて8時10に出発。
出発から1時間ほど歩くとだんだんと樹木の高さが低くなってきて次第に視界が開けるようになってきた。樹木がなくなりハイマツ帯のようなところに出ると正面にキリマンジャロがようやく顔を出した。
 地形上午後になると頂上付近はガスってしまうため、いままでずっとみることができなかった。アフリカにきて頂上を見たのはこれが初めてであった。遠くに見るキリマンジャロはとても大きく、てっぺんには少し氷河がかぶっていた。
 しばらくいくと途中かけあしでポーターがタンカーに人を乗せてかけおりてきた。どうやら重度の高山病になったらしく意識がもうろうとしているようである。
 高山病になってしまうと下山するしか良薬はない(軽い頭痛程度なら問題ないが)。今回は弾丸日程であることから、一度下山してしまうと頂上に行くことは不可能である。そのため、とにかくゆっくり歩くことを心がけた。しかし、欧米の人たちはやたら早いペースで歩いていた。
 頂上まではまだまだだ。今日は低いハイマツ帯のようなところを7時間ほど歩いてホロンボハットに到着。到着したころにはすっかりガスの中であった。
 ホロンボハットではジェームスがわれわれのパーティーの残りのメンバーを紹介してくれた。
ガイド、サブガイド、コック、ポーター総勢19名いて、全員で記念撮影。ほんとにこんなにいたのかというくらい人がたくさんいた。
 夜になると満点の星が輝いており、南には南十字星が見え、南半球にいることを実感した。


キリマンジャロ


キリマンジャロバック

(12月30日)
 朝起きると朝日に映えるキリマンジャロがとてもきれいであった。
出発から1時間ほどの最初の登りをこえると、正面にキリマンジャロが大きく見えてきた。
その後、最後の水場と書かれた地点を過ぎ4000mを超えると、周辺に植物がなくなってきた。ここはサドルと呼ばれる場所で、一面岩石砂漠のような場所である。ここにくるとさすがに酸素も薄くなってきてみんなのペースが落ちてくる。
 途中岩が散らばっているところでお昼休憩。ここではリスがたくさんいてとてもかわいかった。
お昼休憩を終えて30分ほど歩くと遠くにキボハットが見えてきた。キボハットが見えてからがとても長く、見えてから1時間ほどで小屋に到着した。
 キボハットは標高4710mにあるため、ここにきてほとんどの人が何らかの高山病にかかっていて、頭痛や吐き気、嫌悪感などの症状が出始めていた。私は日本から高山病の薬を持ってきたことから最後まで目立った高山病にはならなかった。薬の効果は絶大である。
 部屋は大部屋(15人くらい)であるためいろいろなパーティーの人たちが部屋の中にいた。
 夕食までちょっと時間があったので周辺を散歩。小屋のちょっと上のほうに大きな岩があったので登ってみた。そこからはマウエンジ峰が大きく見え最高のロケーションだった。
 次の日は夜中の23時半に出発ということもあり、すぐに夕食となった。しかし、みんな高山病で食欲がない。私は腹が減っていたのでたくさん食べた。食べた後は次の日の出発が早いためすぐに就寝。


サドル(4000m)付近


(12月31日)
頂上へのアタック日は、キボハットから頂上を往復して、その後マンダラハットまで下山しなくてはならないという日程のため、夜中の23時半に出発となるのだ。また、そのくらいの時間に出ないと登頂が遅くなり、ガスが出てきてしまうというのも理由の一つだろう。
 といっても、18時に寝られるわけもなく、ただ横になって起床時間の22時半を迎えた。みな同じように高山病のためなかなか寝られなかったようである。
 クッキーとお茶を飲んでいざ出発。
 外に出ると満点の星空。気温はマイナス5度くらいかそんなに寒さは感じない。みんなで一列になってヘッドランプをつけて登っていく。
 空気が非常に薄く一歩足を出すたびに息がきれる。たぶん高所順応していればこんなにきつくはないだろうと思いながら一歩一歩進んでいく。
 途中何度も休憩するが、みんな休憩ごとに頭痛からくる吐き気で吐いていた。
その後遠くの地平線が明るくなってきたころにようやくギルマンズポイントに到着。
 ギルマンズポイントからの日の出は最高にきれいだった。
 ギルマンズポイントから頂上までは約1時間半。ギルマンズポイントからウルフピークまでは、頂上の火口を周るようにして緩やかな登りが続いている。しかし、5500mを超えているためかなりきつい。
途中氷河が出てきたが、写真で見たよりもすごく少なく、地球の温暖化が急速に進行していることを肌で実感した。実際ガイドも温暖化であと数年後には氷河がなくなるだろうと言っていた。
 最後の緩やかな登りを越えるとようやくウルフピークに到着。ジェームス、グッドラックとがっちり握手を交わして記念撮影。頂上からは遠くにメルー山やマウエンジ峰など素晴らしい景色が広がっていた。
 みんなで記念撮影をしたらさっそく下山。
 ギルマンズポイントまでの下山は緩やかで何ともなかったが、ギルマンズポイントからキボハットまでの下山がきつかった。
 登っているときは暗くてよくわからなかったが、けっこう急な斜面をジグザグに登ってきており、下山はここを直線で下ることになった。
 砂地状なので下り易かったが、靴に砂がやたら入ってきてかなり大変だった。登りは6時間近くかかったところを下山は1時間半で下山してしまった。
 キボハットには10時くらいについたが、あまりに疲れ果ててしまい出発直前まで熟睡してしまった。
その後キボハットから3時間ほどでマンダラハットに到着。みな足がふらふらになっていたが、登頂した充実感と高度が下がって高山病の症状がなくなったのとで笑顔満点だった。
 途中遠くで雷が鳴りスコールが降っていたようであるが、小屋は降っていなかったようである。
 小屋では食事後みんなすぐに寝てしまった。階下ではドイツ人グループがポーターたちと大量のビールを飲んでキリマンジャロの歌を大声で歌っていた。私は寝ることができず、外でずっと星を眺めキリマンジャロ最後の夜を満喫。とても充実した時間であった。


キボハットでポーターたちと


マウエンジ峰をバック


ギルマンズポイント


頂上


メルー山バック


(1月1日)
 次の日は新年、朝食後初日の出をバックにグッドラックと写真を撮る。非常に贅沢な初日の出を迎え、今年は何かいいことがありそうな気がした。
 キボハットからはホロンボハットまで休憩なしで一気に下山。ホロンボハットからもマラングゲートまで一気に下山。
途中昨日から仲良くなったグッドラックが自分の友達を紹介するから早く下山しようと言ってきた。 下山後ゲート近くの売店の友達を紹介してくれた。話を聞いてみるとこの人はサファリや登山ツアーを企画している旅行会社の人で、次に来るときはぜひこの会社を利用してくれとのこと。日本から友達をもっと誘ってきてくれと言っていた。
 マラングゲートではイミグレーションで下山報告(入山と同じことを書く)をして、最後にガイド、ポーターが集まってみんなでキリマンジャロの歌を歌ってくれた。とても心に響くいい歌だった。
 ポーターたちとはここでお別れ。ガイドたちはホテルまでバスに乗ってそこからまた別の車に乗り換えて会社に戻るそうである。
マラングゲートからはバスで登山初日に泊まったホテルへ行って昼食。昼食を食べている途中でガイドたちとお別れとなった。
 その後アルーシャの豪華なホテルで一泊しプールで遊んで、また未舗装の道を飛ばしてナイロビ空港から帰国したのだった。


初日の出


マラングゲート

おわり