屋久島、大川・鈴川・荒川・太忠川単独遡行
2003年度山行報告 (C) 昭和山岳会(東京都山岳連盟)
04年3月26日〜4月4日
久留島 隆史26=昭和山岳会

毎年この時期は雪山と決めていたが、2月に軽い凍傷を負ってしまい、それ以来満足な登山ができず、イライラが募っていた。どうせたいした雪山に行けないなら南国へでもと思い、屋久島行きが決まった。当初、2人で永田川を登り、そのあと1人島に残って大川でも登るつもりでいたが、現地で合流を約束した仲間と会えず、最初から最後まで1人での山行となった。計画はぎりぎりになって立てられ、その計画も出だしから崩れてしまい、不安は大きかった。しかし、身長の5倍はあるような巨岩、縦横50mを超える淵、太古から根づく杉の大木、そのような屋久島の自然のスケール、その大きさに魅せられるうち、不安はいつのまにか消え去っていた。海から始まり、1500mを越える高さまで一気に競り上がる急峻な沢、下部には桜を咲かせ、上部では大量の残雪を残すその姿は圧巻だった。継続して長期沢に入ることも考えたが、1人だったこともあり、沢の中で雨に降られるのは怖いので、1回1回天候を見極めながら入山という、安全性を優先するスタイルを取った。結果、島に10日間の滞在で、4本の沢を登った。民宿などで人のやさしさに触れ、おいしい海の幸や、暖かい蒲団を得て、モチベーションを保てたことが、満足のいく結果につながったと思う。

@大川遡行〜宮之浦岳 04年3月26日〜28日
3月26日(曇りのち晴れ)
 前日屋久島入りする予定だったが、飛行機が鹿児島を出たものの悪天のため着陸できずUターンしてしまい、やむなく鹿児島で1泊。朝一のフェリーで屋久島入りする。宮之浦港で買出しを済ませた後、1日2本しかないバスで、島の反対側にある大川の滝へ。立派な滝だが、ここは観光客も多く、足早に立ち去る。大川はできれば海からと思っていたが、天気が持つのは明日だけのようなので、下部は大川林道を使い、上部だけを登ることにする。
 上大川橋にてテント泊。私は沢や岩を単独で登った経験が全くなく、緊張感からか、食欲はなく、夜も寝付けない。こんなことがあるなら、1度くらい丹沢の沢でも1人で行ってみるのだったと思う。いきなり、自分にとっては未知な屋久島の沢に単身挑むのだ。耳元で流れる川の音が、なんだか薄気味悪い。

* 大川の滝15:00→上大川橋17:00

3月27日(快晴のち曇り)
 朝、ヒルが指に吸い付いていたので、叩き落したがどこかへいってしまった。テントの中に落ちたはずだが、それ以来行方不明である。これ以来、島でヒルを見ることはなかった。後で聞いた話だが、島の西側にはヒルが多く、そのため西面からの入山者は少なく、登山道も荒れてきているそうだ。
 雲1つない快晴になった。橋より、川の右岸に降り立つ。地図上にはゴーロ帯を示すマークが続いているが、ゴーロといっても頭上をはるかに越えた岩の積み重なりで、巨岩の間を縫ったり、登ったり、降りたり、まるで迷路にさまよったようである。空身でボルダリングをしてから、荷物を引き上げるといった作業を繰り返す。上の方は雪があると聞いていたので、念のため持ってきた登山靴やシュラフなどで荷物が重く、苦しい登りが続く。それでも、標高600m付近で桜の花が咲いているのを見つけ、心を和ませたりしながら、のんびり進む。ルートファインディングを誤ってトラバースの1歩が出ず懸垂させられ、こんなところでロープを使っていて今日中に抜けられるのかと不安に思う頃、左から、40m滝で出合う支流が入る。ここが標高780m付近。現在地の確認をしやすい場所だ。
 これより、沢は滝の連続となる。ただ、巻き道はやさしい。谷の中は巨岩が多いので、左右の潅木帯を伝って高度を上げていく。体も大分山に馴染んできて、落ち着いてルートが見えるようになってきた。巨岩は無くなり水量もいつのまにか減り、1100m付近の原生林は、自分が森の中に溶け込んでいくような錯覚を覚える神秘的な場所だった。1200mより上で残雪が現れ、森に彩りを副えている。ナメ、ナメ滝が続き、それを越えて行くと、突然上にテープが見え、永田歩道が横切っていた。1440m。
 ここから上は、七つ渡しと呼ばれる、この沢で1番美しいところだ。ここから1kmあまり、沢は登山道の脇を流れており、難しいところは全くなく、ナメ床がただずっと続いている。一般登山者でも、沢靴とカメラだけを持ってここだけ楽しんでみてはと勧めたくなる。
 まだ3月。日は陰ってきておりひんやり寒いが、膝までジャブジャブ水に浸かりながらナメ床を歩く。目の前には花崗岩の要塞永田岳、辺りは静かな原生林。2つの小滝が合わさる最後の二股を左に取ると、花山歩道に出た。小屋は、そこから左に3分。夜、霙混じりの雨が降った。

  *発6:20→40m滝の支流出合9:00→永田歩道14:30→鹿之沢小屋16:00

3月28日(雨のち晴れ)
 夜中は大雨だったようだが、朝は霧雨程度だったので、宮之浦岳を往復することにする。永田岳では晴れ間も見え、隣にある口永良部島まで見えていたが、宮之浦岳では完全にガスに包まれ、小屋に戻る頃には大雨となる。
 下山にとった花山歩道は、上部は残雪で、中間部は倒木のため道がふさがれていて、迷いやすかった。目印の赤テープには、かなり助けられた。また、春の腐った雪は、しばしば踏み抜くので、登山靴は必携だろう。3月に沢足袋のまま雪の上を下降して凍傷になった、という記事も読んだことがある。下山中に晴れてきて、眼下に輝く海が、だんだん目の前に近づいてくる様が印象的だった。

 大川は、記録も多く、特に難しいところも無いので、屋久島の沢の中では比較的取り付きやすい沢であろう。源流部に広がる、原生林とナメ床の美しさは、天下一品である。

* 発7:10→宮之浦岳9:10→鹿之沢小屋10:00〜11:00→大川林道14:40〜15:00→栗生手前で車に拾われる16:30

A鈴川遡行(下部のみ) 04年3月29日(曇りときどき晴れ)
 島の反対側にある宮之浦では朝から1日雨のようだが、小島ではまだ晴れている。屋久島では、北と南で天気が全く違うそうだ。島の南にあるこの集落では、この時期北風が南風に変わると一気に大雨を降らせると聞いた。まだ、風は北から吹いている。
 昨日、大川の遡行を終えて、車道を1人とぼとぼと歩いていたら、小島集落にある「山の瀬」という名の民宿の主人に車で拾われ、人のよさそうな気さくな人だったので、そのままその民宿に泊めてもらった。今日は、そこをベースに、地元で山岳ガイドもやっている宿の主人に勧められた鈴川にいってみることにした。  朝、民宿の朝ご飯をのんびり食べてから出発。いつ天気が崩れるかわからないが、この沢はそばに道がついているので撤退はどこからでもできる。
 民宿から鈴川橋まで徒歩5分。海へ降りる道を昨夜教わったが、記憶が曖昧で、橋の手前の道を降りたら他人の畑に出てしまった。戻って橋を渡った先の車道を右に入ると、途中からしっかりした踏み跡が海まで導いてくれた。  まさに、海抜0mからのスタート。波音と、吹きぬける風が気持ちよい。遡行図は持っておらず、2万5千分の1の地形図と、宿の主人の「きれいな沢だ」という言葉がこの沢に関する唯一の情報だ。「この先何が待っているのだろう」と考えると、わくわくして、靴を履き替える時間さえもどかしかった。
 再び鈴川橋を、今度は下からくぐり、長いゴルジュ帯が始まる。エメラルドグリーンの淵は、底が見えないほど深く広い。泳ぐには寒いが、縁を腰まで水に浸りながら突破する。標高が低いので、5月には暖かくなって、海からずっと泳いでいけるのではないか。
 突然目の前にF1(20m)。両岸30mを越える絶壁の間を、白い滝が轟音を上げて天空から舞い落ちている。まだ、標高100m足らず。地図上に滝のマークがあり、その存在は知っていたが、こんな立派な滝だとは思わなかった。その水量と豪快さに、ただ圧倒され、30分ほど眺めていた。
滝は、中央の岩盤で流れを2つに分かち、さらに、ずっと右の林の中にも流れを造っている。その1番右の流れに沿って高巻くと、滝の落ち口の高さで水路に出た。水量が多く、この水路から溢れ出している水が、この3番目の水流を造り出していることがわかった。この上、更に高巻くが、傾斜が強い上に足場が無く、木にスリングを投げて、それをアブミ代わりにして登った。
F1を越えるとゴルジュは険しさを増し、水量が多いため徒渉も考えられず、左岸をへつったり巻いたりしながら進んだ。沢に下りるのに、ロープを3回ほど使用。
途中、古い工事用ロープが張ってあり、「こんなところになぜ?」と思っていたら、F2(2段15m)が現れた。滝壷には、視界いっぱいに広がる淵が、薄気味悪く黒い波を立てている。対照的に、滝上には明るく日が差し込み、そこからたくさんの水が、2条の滝となって溢れ出ているのがわかる。
左岸に妙に立派な階段がついており、最初はそこから巻けるのかと思い登ってみたが、どこかの林道に出てしまい、滝上には行けそうもないので、もう1度沢に降りる。今度は、2条の滝のうち、右の滝を1段登り、そこで徒渉して、滝を2条に分けている中央の尾根を、ブッシュを頼りに登った。
一気に沢は開けた。長いゴルジュは終わったのだ。まだ遥か高くに山が連なっているのが見える。沢は明るく、大きな1枚岩をつなげながら楽しく歩ける。この沢で1番大きく、地元では「鹿淵」と呼ばれている淵を擁したF3、取水路として人工的に造られているF4は右から簡単に巻く。この取水路の側まで「山の瀬」の脇を通る林道がつながっており、民宿では、夏になると客をここまで連れてきて、「鹿淵」で泳がせるのだそうだ。
今日はどこまでと決めてきたわけではないので、この先しばらく進んだところで、疲れもたまり、終了とした。左岸の藪漕ぎ15分で、尾之間温泉と蛇ノ口滝を結ぶハイキングコースに出た。

鈴川は、林道が近くを通っていて、取水路など人工物も多少あるが、沢の美しさ、楽しさ、難しさ、どれをとっても今回登った4本の沢の中で1番であった。上部は二俣となり、右俣は尾之間歩道に、左俣は鈴岳に、それぞれ突き上げている。どこからでも撤退可能で取り付きやすい沢ではあるが、この周辺で最も増水が早いそうで、実際この沢で何人か流されているとのことなので、無理は禁物だろう。また、ここの水は、地元の人の生活水となっているので、くれぐれも汚さないようにしたい。

* 発8:30→海(取り付き)9:00→F1(100m)10:30→F2(150m)12:00→250m付近より尾根に上がる13:30→登山道14:00→尾之間温泉15:00→小島15:30

B安房川支流荒川、淀川 04年3月31日〜4月1日
 30日は午前中激しい雷雨となったが、民宿の主人の言うとおり、2時間もすると、晴れて太陽がいっぱい照りつけた。朝の雷は、天候回復の兆しとのことである。昼過ぎまで港で海を眺めてすごし、最終バスで屋久杉ランドに入った。許可を取って、休憩所がしまった後、その目の前にテントを張らせてもらった。満天の星空に、明日への期待が高まる。

3月31日(快晴)
 今までで1番いい天気となった。薄暗いうちに出発。昨日の午後着いた時は観光客で大混雑だった屋久杉ランドも、今は全く人気がない。80分コースを半分たどり、沢津橋より入渓する。昨日の雨の影響で、水量は多いようだ。下部はゴルジュの連続で、微妙なへつりが数回あり、荷揚げをしながら越える。5m滝の下で、飛び石伝いの徒渉をするが、水勢が強く恐い。慎重に1歩ずつジャンプする。しばらく右岸を巻いていくが、再び左岸への徒渉となる。今度は腰までの徒渉であるが、水の流れは弱く楽だった。
 ゴルジュが終わると、この沢の特徴である、緩やかな淀となる。ナメ床にエメラルドグリーンの水を満々とたたえ、流れはほとんどなくどこまでも平坦。林の中を静かにたたずむ水、途中で上に見るいつの時代のものかもわからない朽ちたつり橋、?????まるでここだけ時間が止まっているかのようだ。
 しばらくいくと水が流れを取り戻し、明るい岩盤を登っていくと、再び険しいゴルジュにぶつかった。右からの支流は滝となって流れ込んでいるが、左からは紀元杉からの支流が森の中を静かに流れていて、安心感を与えてくれている。きっと、万一のときのエスケープになるだろう。中央の本流は、狭い中水があふれ返り、中ではチョックストーンが行く手を塞いでいる。今までの淀が信じられなくなるような迫力で、再び緊張感が高まる。左から1段高巻き1度沢に降りてみるが、まだまだ突破不能なゴルジュが続いていたので、結局ずっと上の潅木まで逃げ込む。今度は潅木伝いに沢に降りると、右からナメの沢が出合い、ゴルジュは終わった。
 その上は、再び淀となる。どうやら、この沢はゴルジュ以外ほとんど淀と考えてよさそうである。水量は多く、腰まで思いっきり浸かっているが、寒くはない。今日は、持ってきたチョコレートが溶け出すほどの気温となっている。突然目の前に橋が現れ、すぐ左が小屋であった。天気がいいので、物を干したりしながらのんびり過ごした。

* 発5:40→沢津橋6:10→上部ゴルジュ入口12:00→石塚小屋沢出合13:20→淀川小屋14:50

4月1日(晴れときどき曇り)
 今日は、昨日の続きを稜線まで詰める。相変わらず美しい淀が、1時間以上にわたって続いた。水量は昨日より減り膝程度で突破できるが、今朝はシュラフに入っていても寒いと感じるほど冷え込んだ。朝一で水に浸かると、全身の震えが止まらない。あまりに寒いので両手をポケットに入れて歩いていたら、転んでしまい全身ずぶ濡れになってしまった。走って体を温める。
 太陽が姿を現し、体が解凍してくる頃、小屋より上では唯一のゴルジュとなる。左からの高巻きには、しっかりした踏み跡とテープがついていた。今回の沢でこれだけのテープを見たのは、ここだけである。やや興ざめしてしまう。ゴルジュの上で二俣。左はジンネム高盤岳へ続いており、ここを右に取ると沢は90度折れ曲がる。更に、左右から1本ずつ支流を分けると、倒木が増えてきて、だんだんと荒れてくる。右から2本、滝となった沢を分けるといよいよ藪漕ぎ。ショートカットして、直接小花之江河に出ようと右の藪に突入。しかし、石楠花の枝がしつこく絡みつく藪漕ぎに苦しむうち、すっかりルートを失った上、地図まで落としてしまい、「ここはどこだ?」などとやっている頃、すぐ近くでにぎやかな人の声がして、小花之江河と花之江河の間にある小ピーク付近の登山道に飛び出した。ここから、黒味岳を往復する。正面に宮之浦岳と永田岳がどっしり構え、左に口永良部島、右に種子島を望む、岩頭状の気持ちよいピークだった。
 小屋で荷物を回収後、紀元杉のバス停に下山。帰りのバスで、「一人で沢を歩いていると、骨みつけるかもよ」と運転手に脅されてしまった。屋久島で遭難してまだ発見されていない人は多く、そのほとんどは沢に迷い込んでいるのだろう。この沢でも、数年前、沢を登っている人が遺体を発見したらしい。一人でいて、なるべくそんなものに出会いたくないと願う。
 
 この沢の難しさは、小屋より下の2箇所のゴルジュに集中している。徒渉があるので、水量によって、その難しさは大きく違ってくるだろう。小屋から上だけを登る場合は、日帰り可能な入門者向きルートとなる。小屋周辺の景観は、雑誌などでもよく紹介されており、大変美しい。

* 発6:10→二俣8:00→花之江河10:20→黒味岳11:00〜11:30→淀川小屋13:00→紀元杉14:00

C安房川支流太忠川 04年4月3日  
太忠川へは、縄文杉の登山道をたどり、川をわたったところで左に続く踏み跡に入る。道が川に下りる手前に、テントを5張りほど張れる広場があり、前夜のうちにここまで入っておいた。すぐ近くをたくさんの猿や鹿が歩いており、こちらを不思議そうに眺めながら何か話している風だったが、しばらくすると消えていった。ここは野生の楽園。これから2晩、お世話になります。

4月3日(晴れ)
 入渓点が、二俣である。飛び石で徒渉して、左の沢へ。天気はまずまず、水量は少ないようだ。670mに取水口がある。この辺り、平凡でどこでも歩ける。700m付近から小滝の連続となるが、直登、巻き、ともにやさしい。  1000mから1200mの上部二俣付近は、ナメ滝が連続し、この沢のハイライトとなっている。主に左のほうを登ったが、幾重にも滝が続いていて、爽快だった。
 詰めの藪漕ぎも10分ほどで、大した苦労もなく、花折岳と太忠岳を結ぶ登山道(廃道)に出た。左に更に10分で、石塚別れ。太忠岳往復後、屋久杉ランドに下山した。昨夜の宿泊地にテントを張ったままだったので、歩いて戻る予定だったのだが、太忠岳で仲良くなったハイカーにバイクで荒川登山口まで送ってもらったので、2時間の車道歩きが15分ですんでしまった。昨夜の広場にもう1泊して、翌日は雨の中縄文杉を往復後、白谷雲水峡に下山。10日間にわたる屋久島の山旅が終わった。

 太忠川は、大滝やゴルジュが全く無く、今回登った4本の沢の中で1番やさしかった。ずっと小滝が連続しており、ぐんぐん高度が上がっていくので楽しめるが、全体的に倒木が多く荒れているのが残念である。

  *入渓点発6:00→上部二俣(1200m)→石塚別れ11:00→太忠岳11:30〜12:30→屋久杉ランド14:00(その後、入渓点に戻る)