南アルプス継続遡行(岳人No665掲載) 伊那里〜岳沢越〜三峰川〜大仙丈沢〜野呂川右俣〜大井川東俣〜雪投沢〜大井川北俣〜魚無沢〜荒川中岳〜聖岳〜便ヶ島
2002年度山行報告 (C) 昭和山岳会(東京都山岳連盟)
日程:2002年8月5日〜13日
久留島 隆史・山田 隆(山の会樹眩霧)

めずらしく長期の休暇ができた。ならばちょっと変わった縦走をしたい。南アルプス南北端の3000m峰(仙丈岳・聖岳)を沢のハシゴで繋いでみることにした。これは天竜川・大井川・富士川の源流を繋ぐことにもなる。

8月5日(伊那里〜円山谷〜岳沢越〜三峰川本流〜三軒岩小屋沢出合)
 バスで伊那里へ。天竜川支流、三峰川の円山谷へひなびた谷あいの車道を進む。夜明けとともに円山谷出合に着き林道を行くと発電所がある。堰堤工事の林道が終わり岳沢越の踏み跡探しが始まった。二つ目の二股から営林署合宿所へ高巻くのだが、登山体系を熟読しておくと役立つ。予想に反して8m程の滝がふたつ現れた。いやらしいガレをつめ岳沢越へ。鬱蒼とした樹林の中に赤布が見えてほっとした。三峰川本流へ降るが巨大な倒木の洗礼を受ける。倒木のために高巻く始末で快適とは言い難く、異常に時間がかかる。二週間分の食料がやたら重い。日が暮れ始めてしまった。三軒岩小屋沢出合に素晴らしい幕場がありタープを張る。星空に焚き火、酒。絶品。

8月6日(無名沢〜仙丈岳〜大仙丈沢下降〜両俣)
 無名沢から地蔵尾根へ向かう。倒木は多いが所々の踏み跡や赤布がありがたい。ハイマツの藪を抜けると2736mの独標直下へ。仙丈岳西面の荒々しい姿がかっこいい。5時間で仙丈岳に着き、進むべき遥かなる山並を呆然と見渡す。やっとスタート地点まで来たという想い。大仙丈沢の下降へ。コルからカールへ入ると、野呂川の林道がすぐそこに見えるがまったく遠い。美しい小滝の連続帯を巻いてゴボウで降り、最後の堰堤は踏み跡を越えた。疲れと重荷に不平不満をたれながらダラダラと林道を進み、両俣小屋に着く頃には日が暮れていた。キャンプ指定地で焚き火はできず、シュラフもテントも家に置いてきてしまった。寒い…。

8月7日(両俣〜野呂川右俣の途中まで)
 休養日のつもりだったが、焚火ができないので野呂川右俣を詰める。小滝が連続し、明るく美しい沢だ。悪場はなく標高2000mを超えると上部の稜線が見え始め、2300m付近で沢がひらけた。今日はそこまで。ここまで3時間半。防虫ネットで水切りした蕎麦が美味い!(この沢は今回の山行で一番楽しかった。詰めまできれいで易しい小滝が続く。)

8月8日(野呂川右俣〜三国沢下降〜乗越沢出合)
 右俣は本流を詰めると間ノ岳の岩壁に突き当たるので、右から入る2本目の枝沢を三峰岳方面へ詰める。二俣には本流側に6m程の滝がありかんたんに分かる。仙丈、甲斐駒と背景がひらけ、槍穂も見えるようになる。豊富な水量も尽き美しいカールに入ると稜線の登山者が見えた。お花畑で気分がいい。コルにからは再び稜線を去り大井川三国沢の下降へ。ガレた斜面を30分で農鳥小屋からのトラバース道を横切り大岩のごろごろした河原を降る。乗越沢出合まで来ると幕場はいたるところに見付けることができた。人間生活から隔離されて丸4日、鉈を自然に使いこなしてしまう自分。この流域には我々以外誰もいないのかと想う。野苺を摘み、体を洗い、飯をたらふく食べて寝た。

8月9日(大井川東俣下降〜池の沢出合)
 朝から雨だ。大井川東俣は地形図を見ると林道があるがそれは昔の話だった。林道跡には木が繁茂しヤブ漕ぎが続く。晴天なら沢身を行けばよいのだが、この雨では寒くて水に入る気にもなれず、徒渉を繰り返しながら藪の踏跡を進む。新蛇抜沢の手前には東海フォレストの不気味な廃屋が二軒あった。広大な河原を進み池の沢出合へ。半日行動なのに雨の藪と徒渉でぐったりだ。池の沢小屋は見当たらなかった。この頃には雨の焚火もマスター。

8月10日(雪投沢〜大井川北俣下降)
 闇夜に悲しく鹿が鳴いた。雨は止み東俣を徒渉して雪投沢へ。雪投沢も踏み跡はあるものの基本的に沢身を登る。往年の登山道だけあって登りやすい。初心者向けの楽しい沢登りコースと捉えてもいいだろう。振り返ると朝陽に水面がきらめく。詰めはキャンプ指定地に向かって踏み跡がトラバースしているが、ガレを直登して一般道に出た。5時間半で北俣岳に着き大井川北俣を下降する。北俣岳と塩見岳とのコルからルンゼ状の急なガレを一気に降る。ときどき落石するが思ったほど悪いところは無く、3時間で2021mの独標付近にキャンプを張った。

8月11日(大井川北俣〜小西俣〜瀬戸沢出合)
 冷えきった体に焚き火と熱いコーヒーが沁みる。西俣事業所までは徒渉の連続。ここまで来ると水量も増えるが膝上程度だ。2時間半で西俣事業所へ。巨大なコンクリート建造物がある。小西俣に入ると広大な河原に踏跡がつづく。下岳沢出合周辺には手頃なボルダーが点在しており「小西俣ボルダー群」と勝手に命名する。渓流シューズでしばしボルダリングに興じた。瀬戸沢出合を過ぎると幕営適地が点在、我々も今晩のねぐらをきめた。

8月12日(魚無沢〜荒川中岳〜赤石岳〜百間洞)
 魚無沢出合には釣り人のテントがあった。すでに野人と化した我々、危うく人間に出会うところとヒヤヒヤする。魚無沢は途中伏流するが、2400m付近で再び流れがある。あとは悪沢岳と中岳との最低コルへ向けてガレと草付を登る。5時間で荒川岳の稜線へ。振り返れば足元に巨大な大井川が蛇行している。ここから先の継続はラインが美しくない(我々には遡行困難)。8本の沢でフェルト底もそろそろ張替えの時期(言い訳)。沢の継続はここまでにした。あとは日本最南端の3000m峰目指して縦走するのみ。荒川中岳は我々にとって仙丈岳以来二つ目のピークとなる。その間一切ピークを踏まずに来たわけだ。あほらしいがとても嬉しい。そのまま百間洞へ。赤石岳から45分で駆け下りると、赤石沢を遡行してきたパーティーと出会い、はるばる三峰川からやってきた我々をほめてくれた。予備食を猛烈な勢いで平らげ、残った酒を飲み干しつつ、タープを叩く雨音を聞きながら最後の寒い一夜を過ごした。

8月13日(百間洞〜聖岳〜便ヶ島)
今回のパターンで明け方に雨は上がった。兎岳からは仙丈岳が遥かに見えた。ここまでの道のりをおもう。聖岳へ。都合8本の沢をハシゴしてきたことになり、なんだか分からないが二人とも叫ぶ。下山だ。2時間で西沢渡へ。便ヶ島からはヒッチハイクさせてもらって飯田の町へ出た。飢えた体に街の飯の美味かったこと……。                

今回辿った沢は技術的にはかんたんで、用心深く持参した登攀具はただの荷物で終った(ロープ2本・ハンマー・ハーネス)。けれども9日間沢では人間に出会わなかった。
好きなところで寝られ、いくらでも焚き火ができ、好きなだけ山の恵みにあずかることができた。本当に自由で、限りなく静かな山歩きを好む人にとって、南アルプスはいまだいにいいフィールドだった。
(記:山田)